日々のできごと
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お別れ
2014年01月26日 (日) | 編集 |
叔母(母の妹)が先週亡くなりました。
お風呂からなかなか出てこないので家族が見に行ったら
浴槽で亡くなっていたそうです。

86歳と82歳の老夫婦ふたりで一軒家で暮らしていました。
実家から徒歩7分の場所に住んでいながら
ここ何年か実家とは疎遠になっていた。
叔母の連れ合いがウチの両親を嫌い
叔母にとっても実家にあたる姉(私の母)の家に
行くと怒られるらしく顔を出すことができなかったようです。

そうこうしているうちに母の足が弱って
外出することが困難になり、
ますますどうすることもできなくなってしまった。
ごく最近、父が訪問して世間話をするようになり
関係も徐々に改善するかなと思っていたところなのに
まさかこんなに突然叔母が亡くなるなんて。

叔父とひとり娘のふたりで報せにきたとき
玄関先で叔父は土下座したそうです。
そのとき母は弟の車で買い物にでていて
帰宅するなり叔母の家にいき
何年かぶりに会った妹の亡骸に号泣。

仲たがいの原因は長い間の確執が根底にあるから
(母も意地が悪いところがあるし叔父はプライドが高い)
わたしにはよくわからない。
でも、こんなに近くに住んでいるのだから
生きてるうちに会えたらよかったのにと思ってしまいます。
・・・もうどうしようもないけど。

年齢からいって叔父がこの世を去るほうが
早いと思っていたのかな。


棺におさまった叔母はふっくらとした頬で
まるで眠っているようでした。


* * *


叔母には娘がひとりいて
結婚してご主人の家業を手伝っています。
喪主の叔父は高齢なので
実質はこのいとこがしっかりと葬儀を取り仕切っていました。

子どもの頃に会ったきりだから
30年ぶりくらいの再会。
いいお母さんになってました。
面影は残っているし
社交的なところは叔母にそっくり。
なつかしかった。

叔父は高齢で、しかも何年も会ってないので
「○○だよ。一番上の長女。わかる?」
と挨拶したらやっとわかってくれました。
認知症の症状は若干あるもののいたって健康だそうです。

* * *

流産をくりかえしていた叔母は
いとこが生まれるまで絶対安静の状態。
実家で過ごしていたのを
祖母と一緒に暮らしていた私は覚えています。

にぎやかで愉快な叔母は
よく遊びにおいでと誘ってくれました。
駅から叔母の家に行く途中の風景とか
家のたたずまいとか、なんとなく覚えている。
いろいろと思いだしました。

働き者の叔母でした。
年齢をごまかして60歳過ぎまで働いていた。
連れ合いは職場をてんてんとする理屈の多い人だったけれど
叔母は大好きでこの人と結婚したいと強く望んで
お嫁にいったそうです。
お父さん、お父さんとよくたてていました。
最後まで一緒に暮らせてよかったね。

どうか安らかにお眠りください。
コメント
この記事へのコメント
身内の方が難しい・・・
生きていれば人間関係で悩むことなんて
当たり前だけど身内だからこそ、
難しい面もありますね。

一番つらかったのは叔母様だとは思うけれど、
これがキッカケで少しでもご実家と
叔父様の関係が良くなればきっと
空の上でホッとされると思います。

人は必ず死んでしまうのに、
後悔せずに送り出すって
本当に難しくて・・・・
私も後悔ばかりです。
2014/02/04(火) 10:58:56 | URL | 綺華 #VEIOABK.[ 編集]
綺華さん、コメントありがとうございます。
久しぶりに会ったいとこ(亡くなった叔母の一人娘)が
二人の子どもを持つちゃきちゃきしたお母さんに
なっていたことがとても頼もしく感じられました。

母は残された叔父には思うところが
まだ多々あるようですが、いとこのことは
可愛いいようなのでいい方向にいけばいいなと
思っています。

ほんとうに別れは突然にくるものですね・・・
2014/02/16(日) 22:45:58 | URL | miyuco #ubwH2qN2[ 編集]
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