日々のできごと
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四人部屋に移動
2011年11月26日 (土) | 編集 |
手術から11日が経過した時点で
義母は脳卒中センターの四人部屋に移動しました。

部屋が変わってから初めてのお見舞い。
兄嫁のNさんに話を聞くと
まだ管はつながったままだそうです。
それでもくつをはき、車いすに乗って
リハビリを始めているということです。

・・・そうなんだ・・・
管が外れたから四人部屋に移ったんだと思ってた。

義母は廊下側のベッドにいました。
何年か前に我が家に遊びにきたときに
わんこを抱いて撮った写真を持っていき
エルだよ。またエルちゃんに会いに来てね。
と言うと「エルちゃん」と言ったのがわかります。
(声を発することはできないけど)

もう片方の廊下側のベッドにいるのは若いかたで
看護師さんに手伝ってもらって車いすにうつり
部屋に備え付けてあるトイレに行けるようです。
となりのベッドの方は面会にきている人と
とてもよく話をしています。

しかし母はナースコールを押すことができない。
声を発することもできない。
自分でなにか異変を感じてもうったえることができない。
だいじょうぶなのかとちょっと不安。

こほんと一回せきばらいをしました。
痰がでたら飲み込むことができるのかしらと
様子を見ていたら、口をしばらくもぐもぐしていた。
苦しそうな顔つきではなかったからだいじょうぶなのでしょうけれど
心配になりました。

病院を出てからダンナさんとその話をしたら
やっぱり同じことを考えていた。
「もう何が起こってもしかたないと思ってるけど
とにかく苦しむことだけはないようにしてほしい」

私たちには病院を信頼することしかできません。

いまの義母の状態を見ているといろいろなことを
考えてしまいます。

で、ダンナさんにもしこういう状況になったら
自分だったらどうしてほしいのか聞いてみた。




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おばあちゃん、病と闘う
2011年11月20日 (日) | 編集 |
昨日、義母は集中治療室を出ることができました。
早々にリハビリを始めるそうです。

自宅で倒れて救急車で病院へ運ばれたいきさつは前の記事ですが
その後は順調ではなく、急変して手術をしました。
手術から10日(倒れてから15日)で
病室が変わったということは今は安定したのかな・・・
そうだといいな。

以下、緊急手術前後の覚え書きです。

* * * * * * * * * 

82歳の義母が脳出血で入院してから5日が過ぎ
心配していた再出血がなく少し安心。
このまま快復に向かってくれないかと願ってました。
しかし、ものごとはそう簡単にはいかない。

血圧が下がっていて検査したところ
腹部動脈瘤が見つかり、そこから出血している様子。
手術をしなければ助からない状況になっている
という内容の電話が兄嫁のNさんからかかってきました。


病院にいるお兄さんは手術をお願いするつもりでいる。
異論はもちろんない。
しかし兄嫁のNさんと私はちょっと考えてしまった。
手術することで命は助かっても
そのあとの傷の痛みなどの後遺症で
義母を苦しめることになるかもしれない
それはかわいそうなのではないのかなと。
(実はこの段階ですでに手術は始まっていた。
それほど緊急性が高かった)


しかし、判断するのは実の子であるお兄さんと
弟であるウチのダンナの二人であり、それは尊重すべきこと。
私たちが口出しすることではない
というようなことを嫁二人で話しました。

手術は成功しました。
翌日には目を開けて話しかけると反応してくれたそうです。

あとからわかったのですが
手術は腹部を切開するおおがかりなものではなく
脚の付け根を4~5cm切開して細いカテーテルをいれ
先端についた風船(バルーン)で血管を拡張させ、
ステントという金属製のメッシュでできた
内張りを留置して支える
という体の負担の軽いものでした。

県内でこの手術をできる病院は4つしかなく
救急車で運ばれた病院がたまたまあてはまったわけで
ラッキーでした。

手術から3日後、私もダンナと一緒にお見舞いに。
義母は顔色がよく、前回きたときよりも目つきがしっかりしてる。
一生懸命なにかを言おうとしています。
体につながれている管も少なくなっていました。
生死の境をさまよった人とはとても思えない。
よかった!

「どこか痛いところある?」
とダンナが聞くと義母はううんと言うように首をふります。
心配していた痛みはないようなので一安心。
帰り際、じゃあねおばあちゃんまた来るからね、バイバイ
と手を振ると動く左手で手を振りかえしてくれた。
意識ははっきりしてます。
前回つけていた手袋はもうありませんでした。
無意識に管を抜こうとすることがなくなったのでしょう。
入院したばかりのあの時は混乱していて
理性がうまく働かなかったのかもしれない。
そう考えると今は少し快復したのだとわかります。。

この日は兄嫁のNさんと待ち合わせして
3人で義母の顔を見に行きました。
帰りは用事があるというダンナと別れて
私はNさんのお宅にお邪魔することに。
車に乗ること45分。
遠い・・・
これを毎日では疲れると言ってました。
そうですよね。申し訳ないです。
義兄は週に3日ほど会社に出勤するという嘱託契約なので
なるべく交代で行くようにするそうです。

Nさんと私は同い年なので
ここからはおしゃべりなおばさんモードに突入^^;
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おばあちゃん、倒れる
2011年11月14日 (月) | 編集 |
11月のある日
配達された生協の品をより分けて
ご近所さんとしばしおしゃべり。
お昼は友人夫婦が営む中華料理のお店へ行き
おいしいごはんをいただきながら近況報告など。
チャーハンを持ち帰り、夕飯は手抜き決定。
ユニクロに寄りダンナさんの寒がりを緩和するべく
いろいろと買い込む。
そんなのんびりとした休日。

のんびりしていると6時ごろ電話がかかってきた。
ダンナのお兄さんの奥さま、つまり兄嫁さんのやや緊迫した声。
「いま、お母さんが救急車で運ばれました」

脳出血で右側にマヒがでている様子。
まだどこの病院か決まっていない。
救急車にはお兄さんが乗っているということ。
話しているそばから搬送先の病院を伝えるメールが届いたらしく
市内の大学病院に向かっていると判明。

兄嫁のNさんは家のことを少ししてから病院へ行くけれど
★さん(うちのダンナ)はどうしますかと聞いてくる。
ダンナはすでにケータイでお兄さんからざっと事情を聞いて
二階の自室からリビングに降りてきたところ。
「行くよね。行ったほうがいいよ」と声をかけ、
Nさんには、またこちらから連絡しますと言って電話を切る。

ダンナは翌日の仕事を休むわけにはいかない。
病院に泊まり込む覚悟で支度して出かけることにする。
どうなるんだろうとみんな不安な気持ちでいっぱいでした。
出血はどのくらいなのか、手術をするのか、
それとも最悪の事態になりそうなのか。

9時ごろメールがきた。
「今、車で駅まで送ってもらい電車に乗りました
お袋は集中治療室なので面会は10分だけで泊まれません。
では、このまま帰宅します。」

帰ってきたダンナに様子を聞く。
出血はそれほど多くはないので
自然に吸収されていくのを待つ。
心配なのは再出血すること。
というような説明を受けたそうです。


脳内出血:
動脈硬化などが原因で脳の血管が切れて、
脳の中に血の塊(血腫)を作るものです。
脳の深部に行く血管(穿通枝)に動脈硬化性の変性が起こり、
もろくなった血管が切れて出血すると考えられています。

脳内出血では、出血と同時に
出血した部分の脳は破壊されてしまうため、
たとえ血の塊(血腫)を取り除いても、
すでに血腫で破壊された脳は直らないことを理解することが、
治療を理解する上でとても大切なのです。

脳内出血の治療の基本は
1・出血を早く止めて、再出血を避けるために血圧を下げる。
2・出血が止まりやすくなるように「止血剤」の注射をする。
3・血腫で圧迫されて周りの脳がむくんでくるので、脳のむくみをとる注射をする。
4・血腫は時間をかければ吸収されるので、自然な吸収を待つ。
のが原則です。

http://www.venus.sannet.ne.jp/stroke/ichchiryou.htm


悪い方向へいかなければいいのだけど・・・

翌日の夜、仕事帰りのダンナと待ち合わせて病院へ。
自宅から2時間半かかりました。




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