日々のできごと
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三年間
2008年08月19日 (火) | 編集 |
私はひとつの仕事を三年間しか続けられない。
自慢じゃないけどどう見ても欠陥人間なんですわ。
最後に仕事を辞めたのはちょうど三年前。
それから家にいてのんきに過ごしてきた。
(途中、ちょっと働いたけど)

三年過ぎた今年の七月。
父が病気になり動けるのは私だけという状況で
頭と体をフル回転せざるを得なかった。

そしてダンナが仕事を辞めるかもしれないと言い出した。
いろいろと事情があるらしく、
それも仕方ないかなと私でも思ってしまう。

三年間という区切りが終わったので
のんきな生活から
次のステップにいかなくてはならないという
何かの思し召しなのかなと考えたりする。

事態は流動的だけれど
少しだけ覚悟を決めた今日この頃でございます。
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リハビリ
2008年08月18日 (月) | 編集 |
おかげさまで父は13日に退院し
実家の近くのリハビリテーション病院に転院しました。
ここまでくればもう一安心。
と思った途端、何だかどっと疲れが出てしまった^^;

三ヶ月入院し、リハビリに励む予定だそうです。
父は手術の跡の痛みもとれて
上げ膳据え膳の生活を楽しんでいるふうでもあります。
こんなふうに他人に世話してもらったことはなかったはず。
母も父にはちょっと冷たかったし^^;
もしかするとちょっとしたパラダイス?

指先は力がはいらずまだ箸は持てないようです。
新聞のページもうまくめくれない。
立ち上がったり歩いたりする動作は
徐々にしっかりしてきています。


手術をした病院はたいていの場合
二週間程度しか置いてもらえず転院となります。
そのために「医療連携センター」という部署があり
そこでこちらの希望を汲んで転院先を探してくれます。

最初に診察を受けた段階で、
退院後は自宅で看ることが出来るのか聞かれました。
そこで事情を説明し日中は母ひとりしかおらず
その母も高齢で腰が悪いとやや誇張気味に言ったところ
それだったらこちらで転院先を探しましょうと
お医者さんのほうから言ってくださいました。
それが「医療連携センター」にきちんと伝わっていて
実家に近いところを最初から打診していただいていたようです。
スムーズに事が運びました。
ありがたいことです。

転院先の病院の説明を聞きにいくのは
妹に母と一緒に行って貰いました。

お姉ちゃんじゃなければ用が足りない
M(miyuco)じゃなきゃダメだ
ヒロちゃんじゃわかんないよ
などと駄々をこねる母にいいかげんうんざり。
私にも家庭があるんだよ。
一時間半かかって病院に通っているこっちの身にもなってほしい
ときつく(かなり)言ってしまいました。

妹は連続休暇にはいったところで
頼めばいいよやるよと気軽に言うよい子なのでした。
27年も働いていてクレーム処理もしている人が
病院の説明くらいわからないはずないじゃない。
失礼にもほどがある。
お母さんしていた私の方が若干気配りできるから
一緒にいてラクなのかもしれないし
お姉ちゃんだからしっかりしていると母は思いこんでいるのでしょう。
でもそれだけで離れて暮らしている私を使われても困ってしまう。

転院手続きも妹に頼むことができました。
母も少しは考えたのか
あるいは娘の剣幕に恐れをなしたのか
私に来てもらわないと困るとは言わなかった。
転院先は母と妹が暮らす家から
自転車で15分ほどの場所なので
私が遠くから行くこともないし、
何より介護タクシーには当人の他に二人しか乗れない。

病院からは私のほうに電話がくるので
退院の前日に段取りをつけて妹に伝え
当然のことながら私がいなくても(笑)
無事に転院できました。

三ヶ月たって退院してきたら
またいろいろと問題が発生することでしょう。
父も母も高齢だしこれからどうなるのかわからない。
でも、三ヶ月だけは猶予期間をいただいたと考えて
すこしゆっくりと過ごせるかなと思っています。

家のことに関知しなかった妹と弟が
少し考えを変えてくれて
たいへんだったけれど収穫もあったのが幸いでした。


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